群馬・上武大学駅伝部、花田マジックの裏に「小野メール」

卒業後も駅伝部のサポートを続けている小野さん。「感謝の気持ちを忘れずに大手町までタスキを運んで」と後輩に思いを託す

卒業後も駅伝部のサポートを続けている小野さん。「感謝の気持ちを忘れずに大手町までタスキを運んで」と後輩に思いを託す

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 「第85回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)」への出場が決まった上武大学(伊勢崎市戸谷塚町)の駅伝部に、当時「エスビー食品」(本社=東京都中央区)に在職していた花田勝彦さんを招聘(しょうへい)するきっかけになった1通のメールが話題になっている。

12人の部員と花田監督。2004年春

 メールの主は当時、2年生だった小野大介さん。小野さんは2004年1月、現、花田監督が現役を引退すると知り、花田監督宛に「陸上部に長距離選手が12人いる。全員、箱根駅伝出場を目指している。上武大学で長距離部員の指導をしてもらえないだろうか」という内容のメールを送った。

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 しばらくすると花田監督から、「大学で指導をするには大学のバックアップが必要。アドバイスや練習メニューのチェックならメールで答える」との返信が。

 小野さんは「親身な返信メールを見てありがたく思ったが、どうしても有力な指導者の元で箱根を目指したい」との思いを捨てきれず、同大学の事務局長(当時)や寮母らに相談を持ちかけたところ、「理事長に話してみては。本気であれば考えてくれるだろう」と言われ、理事長室のドアをノックすることに。

 「理事長室に入って理事長に会うなんて想像したこともなかったが、率直に思いをぶつけたところ、『本学にこんなに熱い思いを持った学生がいたとはびっくりした』とバックアップを即決してくれた」(同)という。

 話はトントン拍子で進み、就任を決めた花田監督は3月に入ると同大学に足を運んで練習を見たり、選手たちが都内へ出向いたりするなどして指導を受けた。同年4月、小野さんら長距離組は陸上部から独立し駅伝部を創部、花田監督を迎えた。

 花田監督について、小野さんは「世界の舞台に立ったトップ選手は違うなと感じた。花田監督は人間的にも素晴らしく、何とか吸収しようと必死だった。それまでの自分たちは甘かった。食事をはじめとする日常生活から練習まで全部変えなければならなかった」と振り返る。

 現在、小野さんは出身地の茨城県に戻り、日立市のプロパンガス販売会社に務めている。

 10月18日に開催された予選会は「5キロ、12キロ、16キロ、残り500メートルの4地点で観戦した。今年は予選会から13校が選ばれるとあって、何とか通過してほしいと思っていたが、実際に通過できた時にはびっくりした。本当にうれしかった。応援してくれる人がたくさんいたからこそ出場できたわけで、周囲の人のサポートのありがたさを実感した。感謝の気持ちを忘れずに大手町までタスキを運んでほしい」(同)と力を込める。

 箱根駅伝は来年1月2日、8時に東京・大手町をスタートし箱根・芦ノ湖を目指す。復路は3日、8時からタイム順に芦ノ湖をスタートし大手町のゴールを目指す。